レビュー
「あなたと働きたくないから辞めるんですよ」。経営者にとってこれほど酷な言葉はないだろう。これは料理道具の老舗、飯田屋の6代目である著者が、実際にある従業員からかけられた言葉だ。しかもそのとき、半数以上の従業員が一斉に退職を申し出た。売上が下がり、先の見通せない状態で見切りをつけられたのなら話はわかる。しかしこの大量辞職は、増収増益で、飯田屋が「料理道具の聖地」と呼ばれるようになったころに起きた。なぜ従業員たちは働く意欲を失ったのか。
そのころ著者は、この店を「専門知識を持つ店員のいる料理道具の店」として立て直すため、フライパンのネタだけで100記事ものブログ記事を投稿し、メディアの取材を受けるほどになっていた。猛烈に努力を重ねていく中で、いつしか自分の期待どおり働かない社員を責め立てていたという。100年以上続く、母親から受け継いだこの店を自分の代で盛り返したいという気持ちも強かったのだろう。
しかしここまでなら「社長あるある」だ。プロジェクトメンバーに同じようなことをしたことがあるビジネスパーソンの方もいるかもしれない。本書の読みどころは、著者が「コミュニケーションスキルを身につける」といった小手先の対策ではなく、経営に対する考え方を抜本的に改める部分にある。
心から従業員とお客様を想う著者はいま、ノルマなし、売上目標なし、飛び込み営業なし、経営目標なしという非常識な経営スタイルを貫いている。なぜこれで商売が成り立ち、業績が伸ばせるのか。本書にはその秘密が詰まっている。